ナポリの青春小説に見せかけた家族の呪いの物語『リラとわたし』
これは家族の呪いの物語である。
イタリアはナポリのビーチと女の子の友情青春物語を期待して買ったが、そんなものではなかった。
あまりにすごかったので、『ナポリの物語』シリーズ4作あるが一気読みした。
毒親育ちに刺さる
私は毒親(母)育ちだ。そして毒母も毒親育ちである。毒親X世である。
毒母は酔っ払うと自分がいかに毒親に酷いことをされたか話すのが癖だった。
テレビの毒親特集などが目に入ると、彼女はあれも親にされて嫌だった、これも親にされて嫌だった、私は絶対あの親みたいになどならないと口癖のように言っていた。
私は口には出さなかったものの内心驚愕していた。
全く同じことを日常的に毒母からされていたからだ。
確かに全く同じではない。
例えば、毒母は自分が美人の妹とさんざん比較されて嫌だったからと、けして私と他の兄弟を比較しようとはしなかった。
確かに兄弟とは比較されなかったが、その代わり同年代の近所の子全員と常に比較されていた。
お隣のA子ちゃんはでコンクールで●賞を取ったのよ。
同級生のB美ちゃんはいつ見ても足が長いわあ(チラッ)。
お隣のCさんの息子さんは●○高校に進学ですって。
偏差値●以上でないと許さない!!(毒母は偏差値狂い)
長女である私にはキツく当たり、歳の離れた弟をベタベタに甘やかし金を注ぎ込んでいた。
あくまで言葉で比較しなかっただけである。
私も毒母のようには絶対になりたくないと思いながら育った。
そしてある日、塾講師のアルバイトをしているとき、毒母と全く同じ口調で生徒を叱責する自分に気づいて唖然としたものである。
意識すればするほどその対象に近づいていく。
中学進学すら許されなかった天才少女リラ
さて本編であるが、ナポリの貧困地区で育った賢い少女エレナ・グレーコの一人称で語られる彼女の人生の物語である(実際は彼女の目を通して描かれる幼馴染の天才少女リラの物語)。
子供時代の1950年代から始まり、青年期、壮年期と続き、2010年頃の老年期のリラの失踪で終わる。
人の人生は一片の歴史である。
私が大学で日本史学講座を受講したときの、とある教授の第一声だ。
まさにこの本はエレナとリラと、彼女たちを取り巻く人間それぞれの人生の歴史の物語だと思った。
本書は女性が進学するのはまだほとんど一般的ではなかった時代に、
暴力が支配するナポリの貧しい地区に生まれた天才少女リラと同い年の秀才少女期エレナが主人公だ。
後に小説家としてベストセラー作家になったエレナの老年期の回想で物語が進んでいく。
気が強く難しい性格ながら生来の発想力と頭脳で頭角を表していくリラ。
気が弱く人の目を気にする性格だが、周囲の期待に応えるのが上手い努力家の秀才エレナ。
際立った知能を持ちながらも、DQN家族に阻まれ小卒で地区に留まるリラ。
運と努力で進学を許され、外の世界に羽ばたいていくエレナ。
2人の栄枯盛衰の人生はまさに歴史だ。
また、忘れられないのが彼らに相互に影響しあう貧困地区の幼なじみたちだ。
あくまでエレナ主観で話が進むため言及されるのは彼女に関係する部分のみだが、彼ら一人一人がそれぞれ物語の主役たりえるレベルの一片の歴史である。
彼らの親は基本的に貧しく、労働で疲れ切っている。もちろん余裕がない。怒鳴る・殴る・搾取する。今で言う毒親である。
エレナ含め新しい時代に進んでいく若者の何人かは、地区と毒親を嫌悪しまともな人間になろうとする。
新しい学問を学び、新しい経営を始め、新しい社会で都会に進出し成功を目指す。
若い頃はキラキラしていた彼らも、結婚して子供を持つようになる20代後半、30代と人生を追いかけていくと
自然と嫌悪していた彼らの毒親そっくりになっていく事実に直面する。
家族の呪いからは逃れられない。どんな風にコーティングしようと、生まれ持った本質は変わらない。
虐待児が親になると子供を虐待し始める、毒親育ちが毒親になる。ありふれた光景だ。
一時的に成功したとしても逃れられない貧困の連鎖。
富裕層と接した後打ちのめされる生まれの差。
地区一番の成功者の男に溺愛されて結婚し、結婚した途端暴力が始まる頭の弱い美女。
代々続く裕福な家庭出身の男と結婚するも、価値観のあまりの違いに家庭が崩壊する者。
嫌悪している父親にそっくりになっていく者。
そして大人になったエレナが出会う裕福な人々の闇。
好むと好まざるとに関わらず微修正を繰り返しながら親のパターンを踏襲していく。まさに家族の呪いの物語だと思った。
そして、生き生きと描かれる時代とともに変わりゆくナポリ始めイタリアの生活。
また、この本自体が小説の中の人物が書いている小説であるという二重構造も私好みだ。
2023年は始まったばかりだが、これが2023年NO.1になると確信している。
第一作少女期だけでもかなり面白いので、ぜひ試しに読んでみてほしい。
「リラとエレナの生涯を最後まで知りたい、それ以外に何もしたくないと思った」
●家族の呪い系の物語では、ピュリッツァー賞を受賞したパール・バック『大地』もおすすめ。
貧しい農民から1代で財を興し金持ちの名家へとのし上がった主人公〜彼の子孫3代?の物語。
19世紀から20世紀にかけての中国の話で、
これも親を嫌悪しながら新しい時代に適応しつつそっくりになっていく家族の呪いの物語です。めちゃくちゃ面白い。
作者は中国に滞在していたアメリカ人。
●二重構造系では定番『匣の中の失楽』
現実を舞台にした小説パートと現実が交互の章で展開されながら、徐々に混ざっていき区別がつかなくなっていく…。