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読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。派遣社員になりました。

学歴はあくまで幸せになるための一手段に過ぎない

雑記 教育

全く読書が関係ない話になるが、あるきっかけがあってどうしても主張したいことなので書いておく。

 

私が出た私大はそこそこ高学歴の部類に入るが、本当に「そこそこ」の域を出ない。

一般受験組の多数が他の第一志望(旧帝大、上位国立など)を落ちて来た人だ。

かつて私もそうだったけれど、彼らの中には挫折感から学歴コンプレックスをこじらせてしまったり、歪んだ学歴観の中で育ってきて性格をこじらせてしまった人が少なくない。

自虐に走るか、偏差値がより低い大学を見下すか、無気力になるか。

 

まあ私も国立は狙えないにしても第一志望失敗組だから、その中でいろいろ挫折とか学歴への執着とか、学歴に異常に執着する親とか周囲とかと戦ってきてやっと冷静になれたわけだ。

 

そして今、やっと気づいたのは

学歴なんて、幸せを得るための一手段に過ぎないということ。

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by Silvia Sala

 

もうあと半年と少しもしたら、今年もまた志望大学に落ちて自ら命を絶ってしまう人が出たりするんだろうか。痛ましいことだ。

親も子も、「このレベルの大学に入れなかったからもうお終いだ」なんて思うのだろうか。私に彼らの心情を正確に推しはかることなどできはしないけれど。

 

学歴は何のために手に入れるんだろう。一流のいい会社に入るためだろうか。

いい会社には何のために入るんだろう。人それぞれだろうけれど、安泰な人生と保証された給料とか、周囲に称賛されるキャリアとかを得るためだろうか。

 

じゃあそういうものはなんで欲しいんだろう。

生活の保証=安泰な人生だったり、安泰な人生=幸せ、なんて思っているからだったりするんじゃないのか。

 

「いい会社」っていうのにくっついてくる、いろんなもの。世間の称賛とか自分のプライドとか、給料に福利厚生に、それら、そのいくつかを手に入れた先が「幸せな人生」になっていないか。

 

よく考えてほしい。

別に、「いい会社」にくっついてくるであろうそれらを手に入れる手段は、いい会社に入る以外にも無数にある。

いい会社に入ったらもれなくついてくる可能性は上がるけれど、やりたくも向いてもないことに死ぬほどの苦労をしてまで「学歴」という一つの手段にこだわる必要はあるのだろうか

そもそも、それらを幸せだと感じない人間だって普通にいるはずなのだ。

 

私がこの記事で最も伝えたいことは、

学歴は幸せを得るための一手段だ。その幸せになるための手段で不幸になるなんて、おかしい。

これが私の持論だ。

学歴に捕らわれている人を見るにつけ、「これさえ手に入れれば幸せになれる」という考え方は危ないなと思う。

 

異論はあると思うけれど、

勉強が好きでも得意でもなく、明確に将来の目標もないのに「いい大学に入る」ことに捕らわれている人は、一度考えてみてほしいと思う。

 

 

 

 

※サブブログの方に投稿してしまっていたのでそのままにしようかとも思いましたが、そちらを消してこっちに移しました。すみません。

川添さんと本の交換をしてみたらチョイスが真逆で面白かった

読書 雑記

quelle-on.hatenadiary.jp

Letter from Kyotoの川添さん(id:kkzy9)と加茂川(表記は合っているのだろうか)べりにて本の交換をしてきました。

上記の記事がきっかけです。

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待ち合わせをして、加茂川へ。

川添さんはすっごい写真撮ってそうな雰囲気の方でした。(事実ですが)

京都に来るのは久しぶりで懐かしい。

お互い、京都の大学を出ているんですよね。

 

お互い本を1冊ずつ持ち寄って交換しました。

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私が渡したのが宮本輝青が散る、川添さんにもらったのが五木寛之『青年は荒野をめざす』です。

どちらも同じくらいの歳の男女の青春小説でした。両方有名作家の有名な小説。

私はなんとなく、ブログの川添さんの考え方の雰囲気に近いかなーと思って持っていきました。登場人物全員関西弁だし。

川添さんは旅行のイメージで持って来られたらしいです。

内容が真逆

どちらも、20歳くらいの男女が様々な人種の人間(肌の色のみの意味合いではない)との出会いと自分や他人の欲望、闇などと向き合い、成長していく話です。主人公の年齢も同じくらいの青年です。

なのだけど、そのベクトルが真逆。非凡の悩み⇔平凡の苦しみ、みたいな。

 

お互い会うまで何を持っていくか知らなかったはずなのに、同じような境遇の青年の真逆の内容で面白かったです。

 

以下、本の簡単なまとめと比較、感想など。

 青年は荒野をめざす

青年は荒野をめざす (文春文庫)

青年は荒野をめざす (文春文庫)

 

『青年は荒野を目指す』はなかなか前向きな話でした。

ブログの印象は「暗さ」に真っ向から向き合っている方のイメージだったので意外でした(内容はともかく話した感じも暗くなかった)。

 

ジャズでプロを目指す20歳の主人公が、大学に行くのをやめ、自分の殻を破るために主にロシアからヨーロッパ(主に北)を旅する話です。

途中で行動を共にしたり強く関わってくるの人物も、主に才能に恵まれこれから開花しようという男女。彼らが人間の欲望や暗い部分を見たり、巻き込まれたりしながら前に進んでいく、そんな感じの話だと思いました。

 

若い、まだ自分の限界と若さゆえの尖ったところ間で折り合いがつかずにいろんな葛藤をしながら自分の生き方に向かい、才能を試そうとする主人公とその仲間たち。

登場人物の中にはもう中年で既に何かの挑戦に失敗してどん底に落ちている人間も少なからず出てくるのだけれど、彼らもまた一から違う人生を、深みを加えて始めていく。

登場人物(それぞれ強烈に個性的である)の描写が良かったです。みんなそれぞれの頭一つ抜けた才能に明るさと暗さ、強さと弱さを同じくらいに持ち合わせていて。

 

 川添さんのブログの雰囲気と読んでる本からして思いっきり人の闇の部分を強調した内容のでくるかと思っていたので、意外な感じでした。

 若いときはことに、これでおしまいだなどと考えたがるものさ。だが、そうじゃない。人生は何度でも新しくなる。青春は、その人の気持ちの持ちようで、何回でも訪れてくるんだよ。

主人公が巡り、生活する各国の描写も本当にその場にいるように感じられたし、その国柄や人柄、風習、街並み、それは実際行って見て取材しないと書けないんじゃないかというような。

実際にしたのかは知らないけれど、本当に空気や匂いまで伝わってくるかという、まさに「旅」という感じ。

そこらへんのチョイスは確かにいろんな国を、それも有名観光地や明るい面だけじゃない場所も見てきたブログの感じの川添さんらしい本かもしれなかった。

振り返れば、ダークツーリズムだった - Letter from Kyoto

 

青が散る

青が散る〈上〉 (文春文庫)

青が散る〈上〉 (文春文庫)

 

*1

一方青が散るは簡単にまとめると、

・平凡な主人公が惰性で入った大阪の新設底辺大学でテニスに全力を注いで過ごす4年間の話で、

・行動を共にしたり強く関わってくるのも平凡な、あるいは一部非凡な才能があったとしても何らかの理由でそれを活かして生きられない男女。

・彼らが人間の欲望や暗闇、人生のうまくいかなさを味わいながら、それでもいろいろな経験をしながら折り合いをつけ、歩んでいく話。

 

自分自身から逃げ出せない諦めによって、平凡な人生を前に進んでいく話だからこそ面白いのだと思っています。行動範囲も狭い。大阪~三宮くらいの間しか動かない。

努力したって英才教育を受けた天才には勝てない。金持ちのボンボンと美女がくっつき、青春の思い出を抱きながらも予想される、しがないサラリーマンとして平凡な人生を生きていくであろう自分。

 

登場人物みんな好きな人には振り向いてもらえず、精神病や弱さを抱えていたり、挫折したりして、ある者は途中で脱落したりしながらもじわじわと人生を過ごしていく。

 全体的に後ろ向きだが、それでもなんとなくこれからも人生が続いていくんだ、というような不思議とけして後ろ向きではない諦観を伴った独特な雰囲気の小説だと思う。

人間の負の部分やほとんどの人が当てはまる平凡さについて、ここまで濃厚に読ませる力を持って書かれた青春小説はなかったのではないかと私は思っています。

 おわりに

どちらも青春小説としてそれぞれの面ですごく心と記憶に残る小説なので、並べてみると面白かったです。偶然のチョイスで似たような条件のそれぞれ逆方向の話になったことも。

 

自分では絶対買わなかった本だと思うから、知らない人と本を交換してみるって面白いなと改めて思いました。

楽しかったです!全然本と関係ないことばっかりしゃべってましたが、それもまた良し。

川添さんは不思議な考え方の人だなあと思っていましたが、いろいろ対面で話を聞いてみて知らなかった話とか面とかが聞けて面白かったです。印象が変わりました。

 

もし今後も気になる方がいたら、最初に貼った記事を読んだうえで、是非声をかけてくださいね。

lfk.hatenablog.com

ついでに

旅行系で私もいこうかと思っていたので、渋澤幸子の『イスタンブールから船に乗って』とどっちにしようかと迷いましたが、これはこれで面白かったですね。

イスタンブールから船に乗って (新潮文庫)

イスタンブールから船に乗って (新潮文庫)

 

 こちらも旅行記として私が最も面白いと思っている本なので、気になる方は是非。おすすめです。あまり有名だったり、メインでない観光地や本当に現地の人しかいないような場所を女一人旅してるエッセイ。

*1:アマゾンにありませんでしたが、本当は一冊で上下の内容が完結している方を持っていきました

下田美咲の恋愛論で大事なのは、個人差じゃなくて一貫性なんだ。

雑記 恋愛

cakesで下田美咲の口説き方が3シリーズともバズっている。

cakes.mu彼女の突出した独特のセンスと磨き抜かれたオリジナリティのなせる業だと思う。

私は下田美咲が好きだし、ほぼ見る専のtwitterアカウントでもフォローして毎日チェックしている。面白いから。

 

私が特に好きなのは第一回目 「奢ってくれないと困る。あなたのことを性的な目で見たいから 」なのだけれど、twitterなど各所の反応を見ると、「彼女だから許される」「自分個人の考え方であることを書いているのは良いが、みんなに当てはまることじゃない」とかそういう意見を見る。

yutoma233.hatenablog.comごめんなさい。下田美咲を誤解して欲しくなかった。

 

一般論化できないのは当たり前。個人の話なのだから。

でもなんていうか、そこじゃない。

「恋愛論」として見るべきなのは、個人の話かみんなに当てはまるかどうかじゃない。

だって、そうだったら一般に向けて公開する意味なんかないもの。

そんなこと下田美咲氏だってわかっているけれど、あえて書いている。

彼女の恋愛論から抽出すべきは、一貫性だ

下田美咲は徹底的に自分の価値観で生きている人間だ。世間でどうとか、何が普通かとか、どれが得かとかではなく。

 

彼女は、気になる男性と食事に行ったときお金は出さない。出すそぶりも見せない。

「私も半分出しますよ」パフォーマンスをしたことが、一度もない。初デートであっても、何度目かのデートであっても。財布を小脇に抱えて「いくら出せばいいですか」顔を作ったことも、ない。

しかしこれは本人も書いているように、お金の問題ではないのだ。

カフェに入るお金がないなら公園で120円の缶コーヒーでもいいと書いているし、そもそも恋愛対象でなければワリカンで構わないみたいだ。

 

簡単に書くと、

自分が性的な目で見られる人と付き合いたい(目的)

とことんぐにゃぐにゃになって甘える付き合いがしたい

シャキッとしなければいけないシチュエーションをつくりたくない

おごってくれる人でないとお会計のときに毎度シャキッとしなければいけない状況になる(そこだけ急に切り替えないといけなくなる)

とことん甘えん坊モードになれない、そこで萎える

ベッドの中の男らしい感じとのマイナスギャップなどにより性的な目で見られなくなる

だから、デートで必ずおごってくれる人と付き合う

 

わかるだろうか。彼女が欲しい物(目的)とそれを手に入れるための手段が一貫していることが。やることとやらないことがはっきりしていることが。

それができるのは、彼女が自分がどういう人間で何がなぜほしいのかがちゃんとわかっているから。

恋愛を始めて13年が経ち「自分にとっての恋愛とは」が、よく解ってきたからだ。私の場合、ワリカン男子は恋愛対象に向かない

 

目的に対してとる手段が明後日のベクトルを向いていることってけっこうある。

例えば、世話好きな彼氏に甘やかしてほしいタイプなのに、合コンで張り切ってサラダ取り分けたりなんだかんだ世話焼いちゃったりとか。

(一貫性で言うなら、この例であれば何もせず積極的に取り分けてくれる世話焼き男子をフィルタリングする方がいいと思う)

 

世間一般のモテテクを、本当はそれを好まない人と付き合いたいくせに、何も考えずに使ってしまったりとか。

 世の中の恋愛相談は、彼女のしていることと真逆のことで溢れている。

 

下田美咲は、目的とその根拠が明確だから、それを一直線に手に入れに行けるんだ

そして、手に入れることができるのだ。

自分自身の目的(欲しいもの)をはっきりとさせて、それを手に入れるために確実な手段を使う。それが他の誰でもない、自分にとっての幸せな恋愛のための近道なんじゃないかな。

そこのブレない一貫性が、彼女の「恋愛論」から学ぶところなんじゃないかと思う。

 

 

ちなみに彼女はその対価としてちゃんと、「図々しい女と思われるリスク」を取っている。

みどりの小野さんが書いている、

世の中デートでこれはありえない!なんてNGマニュアルに溢れてるけど、本当はそのNGを許してくれる相手とこそ長続きするんじゃないかなぁ。
ただその『許してくれる人』を探すのが難しいんだけど。

ここと本質的には同じようなもんじゃないかなあ、とも思ったけれど。

世間的にNGな「財布を出す素振りもしない」って、『許してくれる人』を探すってことではないのかな。

なぜ「フレンチキス」の意味は誤解されたままなのか?

雑記 読書

最近、本は読んでいるけどなかなか本について書く気になれなかった。サブブログはちょこちょこ更新してます。

 

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駄文。

今日マクドでポテトを食べているときに急に浮かんできた疑問なのだけど(フレンチフライだから?)、なんでフレンチキスって言葉は間違って伝わったんだろう。

アメリカに伝わった時点で間違ってた、というのが最有力らしいので、それは一旦脇に置いておこう。面白くないから。

 

最近では「みんな間違って使ってるよ!」式の記事やら何やらが広まってきて多少は皆バードキスの意味ではないと知っているはずなのだが、いまひとつ本来の意味での使い方はされていないような気がする。

 

その理由を100円のコーヒーを飲みながら考えていたら、言葉の響きなんじゃないかと思いいたって、以前読んだ本を思い出した。

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか (新潮新書)

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか (新潮新書)

 

 

詳しい内容とかそんなは以前書きました。

quelle-on.hatenadiary.jp

当書は音や言葉のイメージを発音・発生がどのように私たちの脳に影響を与えるかということについて、脳科学者が例を出しながら解説してくれているという内容。

自分の中では新しかったしなかなかユニークで面白かった。

 

それで、フ・レ・ン・チの音についてこの本を参照すると

フ(Fu)

発音・・・喉の奥をしっかり開けず、息の一部を唇に当てて震わせる。

イメージ・・・拡散・非日常(非現実)。ふんわりと霧散していく非現実。発声が軽く閉じた喉から息が拡散していく状態から。

(例:ファンタジー、フィクション、ファンタスティック)

 

レ(Re)

発音・・・丸めた舌の先を、上の歯の付け根あたりで弾いて出す。

イメージ・・・規則性・リズム感・継続性。舌で弾く動きによる軽やかなリズム感が生まれ、弾む音の感じがまだまだ続く感じを出す(例:キラキラ・クルクル)。

冷たさ・透明感・理知的。自然界にあまりない音であり、モノとしては薄いガラスや金属を叩いたときの音のイメージが強いことから。

 

ン(Nn)

発音・・・上顎に舌のほぼ全体を密着させ、鼻腔音を出す。

イメージ・・・非常に私的・内向的上顎の密着感と頭蓋骨内にこもって響くため。息を使わず出すので他の音に比べスピード感がないことから、遅い・停滞のイメージも。

 

チ(Chi)

(Ti)

発音・・・上顎に舌の一部を密着させて、その密着地点に強く息をぶつけ、ブレイクスルーする。

イメージ・・・固さ・強さ。舌を固くした部分に強く息を当てるところから。

湿度・粘性舌で蓋をして息を押し出す過程で唾が飛びやすいため。

(Chi)

唾の飛び方は賑やかさと子供っぽい娯楽要素が入る。マーケティング的にはどCH音には特にこの要素が強く、ちらかというと大人の子供心を刺激する音とされる(例:チャンバラ、おもちゃ、チャイルド)

 

※日本語の発音前提なので、あえてローマ字にしている。

※長くなるので子音の部分だけに止めた。

※必要そうな部分だけ抜き出したので全てではない。

 

 

まとめると、「フレンチ」が持つ音のイメージは、ふんわりした非日常感の中で、軽やかにリズム感を彷彿とさせ、私的でかつ大人が子供っぽくふざけているような感じというところだろうか。

どう見ても(聞いても?)軽いチュッチュッというようなバードキスを彷彿とさせる。

一方、本来の意味の粘性や重厚さの雰囲気は全く出せていない。

 

従って、日本でフレンチキスが本来の意味で普及しないのは、どう考えても音のイメージに合わないからなんてところもあるのかな、とひとりマクドで考えていました。

 

 ※追記

ブコメで皆さんがフレンチって言葉から連想してハレンチハレンチおっしゃるので、「ハ」のイメージを本書から参照いたします。

ハ(Ha)

発音・・・舌の付け根をほっこり開け、気管から出てくる息を一気に口元まで運ぶ。

イメージ・・・包容力・開放感。喉の開閉の動作と気管から息をそのまま口元まで運ぶため。音の中で最も温かい息をそのまま出す音であることから、乾いた感じ・温かさのイメージ(特に母音aが付くと息が熱い状態で出てくる)。例:ホカホカ、ハフハフ

 

じゃあ「ハレンチ」ならどうなるのかというと、それは想像にお任せします。

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)

 

 

深夜特急のような本の交換がしてみたい

雑記

最近なんも考えずに適当に書きたいなーってことが増えたので雑記用サブブログ作りました。こっちは読書系とか考えたことでまとめたいので雑記用に。気が向いたら適当に更新するつもりです。

とりあえず今は欅坂46に夢中・・・。

 

 

本題なんですが、

バックパッカーのバイブル、沢木幸太郎『深夜特急の中で印象的だったエピソードがあります。(確か深夜特急だったと思うのですが)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

 バックパッカーをしながら長期間海外を回っていると、日本語に飢えるときがくる。
そのときのために、これぞという本を数冊くらいバックパックに入れておく。


だけど、そんな本も何度も何度も繰り返し読んで、ついには飽きてしまう。
そんなとき同じ日本からきたバックパッカーと出会う。近況や自分のことなんかを話す。お互いの読み尽くした手持ちの本を交換する。

 

そうやって本が世界を巡っていくと考えると胸が熱くなるなと。

バックパッカーする予定はないけれど、そういうのちょっとやってみたいなと思って。

 

読者登録しているブロガーさんで、本が好きな方でも普段読まない方でも構いませんが、お茶でも飲みながら自分のお気に入り・お勧めの本と私の一押しの本と交換しませんか?

 

・お互いに読者登録していて、

・コメントかブコメで2度以上やり取り*1したことのある方で

はてなブログをやっている方

もし興味のある方はいつでも名前とメールアドレスを添えてメールフォームに「交換希望」と連絡ください。メールを返します。

(それ以外の方は応相談)

 


私はフリーターのうちは暇なので、今でなくとも気長に募集中です(^ ^)

読書関係以外で私に興味を持たれる方はいないと思いますが、交換以外でも声をかけていただければ。

場所は大阪・京都・兵庫のどこかでお願いします。

 

 

就活してます。面接官が苦手なタイプだったときのしんどさは異常

相性の合わない面接官の話

*1:ブコメはお互いに2回以上付けたことがある

「好き」を仕事にするのは正しいのか問題

雑記

好きなことで食べていくのって、一般的に正しい(良い)と思いますか?

 

 

最近働くことについて考える。

というのも、企業勤めが嫌で嫌で就職に失敗してすぐ辞めてフリーターになって、好き放題やりたいことだけしながらだらだら生きること約1年半。

あろうことかこの私がついに働きたくなったのである。

徹底的に好き放題生活した甲斐があったというものだ。

 

そんなわけで今就職活動を再開していて、特別やりたいこともないので次はどんな職業にしようかと考え、いろいろ調べたら引っかかってくるのがこれである。

 

好きなことを仕事にするのは正しいのか問題 だ。

「正しい」の定義

そもそも正しいって何?という話だが、これは私は「その生き方を積極的に肯定・実行しようとし、またそのような状態が一般的に望ましいと考えている」=好きなことを仕事にするのは正しい、としたい。

論拠が極めて個人的な体験・見聞になりがち

往々にして正しい、いやいや好きなことは趣味に止めた方がいい、はたまた好きより得意なことを仕事に・・・など正しい or 正しくない+α(条件付)の答えが出る中で、いつも気になるのが主張する人の論拠が完全に個人の体験だということである。

もちろん皆が皆ではない。しかし過去のデータとか、統計とか、客観的なデータを持ちだしてくる人はあまり見ない。アドバイザーなどはまた別であるが。

 

それの何が引っかかるかというと、自分(もしくは有名人など、いずれにしても個人)と同じ人間はいないのだから、(一般的に)正しいか?という質問に対して私や私の周りが、有名人がこうだからこう、という自分含め知っている数人の話を持ち出してそれぞれ全く違う多数たる一般に当てはめようとする風に見えてしまうところだ。

 

あえて単純化するが、大半はこの4パターンになる。*1

・好きなことを仕事にした/成功 ⇒好きなことを仕事にするべきだ

・好きなことを仕事にした/失敗 ⇒好きなことは仕事にすべきではない

・好きなことを仕事にしない/成功 ⇒好きなことを仕事にしなくてもよい

・好きなことを仕事にしない/失敗⇒好きなことを仕事にした方がよい

 私見では、正しい派も正しくない派も片方が主流とか多いとかはなく、どちらも一定数いるイメージである。

ではそれらの双方が個人の感想で主張しているなら、どちらもあり得るので両方正しい/正しくない ということになる。

どちらも正しくないのだ

「じゃあ人それぞれだよね」で片付けてしまっては面白くないので、少し掘り下げてみる。

 

大前提として言いたいのは、「好きなこと」は人によってバラバラであり、その「好き」の程度や認識も、もっと言えば仕事として稼ぎたい額も人によってバラバラだということ。

 

意外とここの重大にして甚大な個人差を考慮に入れていない意見がちらほら見られる。

「人それぞれ」を主張していたとしても、努力の必要性を説いたり、「好き」の程度の認識の差を指摘するくらいでなんだかスッキリしない。

 

好きなことを仕事にした成功者がよく言うのは、「好きだからここまでできた」である。

ものすごく好きだったからそれを突き詰めてその道の第一人者となった研究者。ITオタクの知識を活かして起業してIT分野で成功した企業家。一流のスポーツ選手。人気の作家。

 

彼らはそもそも、そのことに対してアホみたいに長い時間努力できるのである。才能等の存在はあるのかないのか知らないが、少なくとも適性や素養はあるわけで。

成功には、流れに乗れるとかブームに乗るとかも含まれる。

それはつまり、その好きなものが「流行している」「ニーズが高い」などの要因にたまたまマッチしている状態になるからだ。

 

では、これからができずに夢や現実から離れたイメージ、流れに乗れない(作れない)状態で好きなことを仕事にしようとすると失敗しやすいということになる。

 

まず好きなことで食べていこうと思う人ならその好きなことに対する知識・技能はある程度のレベルに達しているのだろうけれども、たとえばイラストなどは、市場が成熟してしまって競合が多かったり供給過剰に陥っているものが「好き」ならば、要求されるのはかなりの完成度だったりそのときに受けの良い絵柄だったり、マニアックな多方面にわたる知識や技術だったりする。

要は求められるレベルが高いので、そのレベルに達していないと仕事にならない。

 

 つまり、高度なレベルが求められる仕事になる「好きなもの」ならば、参入に対するハードルが高くなる傾向があるだろう。

 まとめ

私の結論としては、仕事を選ぶ際において考えないといけないことは、

 

1、その「好き」なものが現在~数年において市場的に仕事として成立する(稼げる)分野である or 稼ぐ方法が見えており、

2、なおかつそれを仕事にすることで、その「好き」が(個人が思う)最低限の生活に必要な金銭を稼ぐことができるレベルに達している状態

 

ならば、好きなことを仕事にするのは正しい、となるのではないだろうか。

 

 「必要なレベル」「仕事として成立するか」この辺りは、自分一人でなく第三者に一度アドバイスを求めてみるほうが冷静に判断できそうだ。

肯定派にしろ否定派にしろ、他人にもそれを勧める場合は、その人の好きなことが・好きな(できる)レベルが、自分と似たような条件であるのか否かくらいは考慮してほしい。

 

ちなみにだが、無名・貧乏からスタートして成功した成功者は「諦めず続けてきたから成功しました」ようなことをよく言うが、それはおそらく続けるうちに1と2が同じタイミングで揃った結果なのではないだろうか。

それと、三番目くらいによく見る「向いていることを仕事にするべき」は2の部分を抽出したものであると考える。

いずれにしても、最低限両方揃わないと難しい道になると思う。

 

 

※市場や求められるレベルは時代により遷移するため、「今するかどうか」の話に絞って書いた。

働くこと、好きを仕事にすることに迷いのある方にお勧めする本

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

 

さまざまなパターンの 働きたくない/好きなことで生きるを哲学する一冊。「働きたくない」をここまで突き詰めた本は他に類を見ない。

「手紙屋」

「手紙屋」

 

 自分の中の働くことの位置づけについて考えたいときに。

*1:例外あり

私が読書ブログを書く理由

雑記

私は毎日、ときには一日3冊くらい本を読んでいるので、ちょくちょく「なにか面白い本を読みたい。だけど面白い本がどれかわからない。その今の気分に合った面白い本をどうやって探せばいいかもわからない」という状態に陥ります。

 

検索しようにも、「なんとなくこんな感じでこんな気持ちになれるのが読みたい」みたいなふんわりした状態だと探せなくて。

それで、面白い本を自分で紹介していけばいいんじゃないか、それを通して他のブロガーさんと仲良くなれば面白い本の情報も流してもらえるのではないか。と思ったのが始まりです。

以前にも何度か書いていますので、当ブログを最近知っていただいた方に。

 

読書紹介をメインにするつもりが、あんまり書けていなかったり脱線したりもしているけれど、私がブログを書く理由は

「本を読みたいと思っている人に役に立つ情報を提供したいから」

「面白い本の情報がとにかくほしいから」

です。

 

なるべく本を紹介するときには「~な気分のときにおすすめ」とか「~な状態の人におすすめ」とか書くようにしてます。

それにしても、読みたくなるような読書紹介ブログってどんななんだろう?

 

 

 

おすすめ本の紹介系はこんな感じで書いています。

quelle-on.hatenadiary.jp

quelle-on.hatenadiary.jp

 

quelle-on.hatenadiary.jp

 

読む方に関しては読書系以外のブログも多いです。

最近は他ブロガーさんとの交流欲も芽生えてきているのですが、いかんせん無精で・・・。

 

 

今週のお題「私がブログを書く理由」