読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

京都の大文字焼きを犬文字焼きにしようぜ!/鴻上尚史 『8月の犬は二度吠える』

鴻上尚史『八月の犬は二度吠える』書きだし部分のこの感覚は、京都で大学生活を送った人間なら共感できると思う。

新幹線が京都駅のホームに滑り込むと、いつも、身体の奥が震え始める。

この街で生活したのはもう二十年以上も前なのに、ホームに一歩足を踏み出すと、身体の深い部分がざわつく。

私にとっても大学4年間を過ごした京都は特別な場所で、学生時代は長期休暇終わって実家から京都に戻ってくるたび友達と、地元の駅より京都の下宿の最寄り駅に降りたときの方が「帰ってきた」って感じがするよね、なんて言いあったものだった。

 

さて、先日今年も無事に(?)祇園祭が終わった。

京都の次なる大きいイベントなら、大文字焼きこと五山の送り火でしょう。

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私も船岡山に登って何度か見たものだけど、 別名大文字焼きの、この行事を中心にした小説で思い浮かぶのは、鴻上尚史『八月の犬は二度吠える』だ。

八月の犬は二度吠える

八月の犬は二度吠える

 

内容は、一言で言うと学生(浪人)時代を同じ京都百万遍の浪人寮で過ごした男6人組が、24年の時を経て京都に集い、若さの至りで計画し一度潰えた「大文字焼きに点を足して犬文字焼きにする」という「八月の犬作戦」を実行するというもの。

 

一見アホなことをしているので、万城目学鴨川ホルモー森実登美彦『夜は短し歩けよ乙女に代表される京都の大学生の青春の系譜かのように見えるけれど、それらがリアルタイムの学生時代を書いているのに対して、『八月の犬は二度吠える』はその青春が完全に過ぎ去った過去のものとして描かれている。

 

 この小説においてリアルタイムなのは浪人(大学)生を終え、就職し、それぞれの人生を歩んだ24年後の現在であり、西加茂寮の浪人生時代は取り戻せない終わったものとして描かれている。

 

それぞれ順風満帆な、あるいはうまくいかない人生を経てくたびれた中年になった彼ら。

 

 24年ぶりに当時のメンバーを招集した、いつも皆の輪の中心にいた長崎は末期ガンで余命半年。

統率を任された山室は口をろくにきかなくなった子どもを抱えて虚しさを感じており、スポーツマンだった伊賀は30kg太って生え際が後退している。

関口は当時の面影そのままにオッサンになり出世し、大文字焼きに手を加えるという犯罪を犯せない立場に。

太っていた吉村さんはすでに120kgを超える巨漢になり、医学部に落ちて実家から勘当され独りうらぶれた生活。

計画の技術担当だった京大工学部卒の久保田は、就職に失敗したのち精神のバランスを崩して家から出られなくなり、薬の副作用で人格も面相も変わりきっている。

八月の犬は二度吠える (講談社文庫)

八月の犬は二度吠える (講談社文庫)

 

 東京で働いていた山室は長崎の最期の願いである「八月の犬計画」と当時のメンバーの再結成とともに長崎に依頼されるのだが、長崎の命の期限までに実行できるのだろうか?

 

青春時代と違い社会的な立場や世間体を抱えた当時のメンバーを集められるのか、実行することによる犯罪性(京都文化財保護条例に抵触)はどうするのか、実行できるのか?

 彼らの心に影を落とした、計画が潰れる原因となった事件を山室は乗り越えることができるのだろうか?

 

 ・・・というこの小説でグッとくるのは、若く人生に何も負うところがなかった浪人生時代と、中年になった現在の彼らとの対比だと思うのだ。

分量としては学生時代の方が多いのだけど、明かされてくる当時の6人の現在に、徐々にアホな浪人生時代のエピソードの部分がなんとももの哀しい、ある種のノスタルジーを帯びてくる。

 

 人生の中のそういう時間って、一種の幻想として誰もがもっているものなんじゃないかな。

 

それはたとえば、プロレスごっこに熱狂して大事に至りかけた浪人生時代だったり、全員で夜な夜な女子寮の「観測」に明け暮れた日々や、下宿に親がくるからと必死でエロ本を隠したり、全員で集まってインスタントラーメンを食べながら語り合ったり、賀茂川の両岸からロケット花火を打ちあって警察に追われた夏なんかが。

 

話の進行の中で、かつて計画が潰えて6人組が分解したのは中心の事件とともにそれぞれが胸に秘めた思惑なんかが絡んで徐々に明らかになってくるのだけど、五山の送り火という行事のもつ「魂を送る」という意味合いが話の中心なのでしょう。

 

 

京都の夏や大文字焼きに想いを馳せる際には、ぜひ読んでみほしい。

冒頭のようにさきっとまた京都に行きたくなるし、大人のノスタルジーを感じられる一冊だと思うから。

 

 

京都の青春小説はここに一度まとめました。合わせてどうぞ。

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