読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

しばらく本を読まないとどうなるかっていうと/近況

最近、就職しました。

就職するとどうなるかっていうと、忙しくなって拘束時間も増えるし疲れるし、つまり本を読む時間が圧倒的に減った。

一応読書ブログだから、本を読んでないのと、時間がないのとの二重の意味でブログもなかなか書けないのです。

 

今は、恩田陸夜のピクニックを読んでいる。

夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

 

 主人公の友人の男子高校生が、

「中学生のときナルニア国ものがたりを教師である従兄弟に勧められたが興味がなくて読まず、後になって読んで後悔した」

みたいなエピソードがあってこう言っているのだけど、

十代の入口で読んでおくべきだった。そうすればきっと、この本は絶対に大事な 本になって、今の自分を作るための何かになってたはずだったんだ。

私も彼同様、「しまった」と思った。

中学生か高校生か、せめて大学の前半で読んでいた ら、この本は「大事な一冊」になったはずだったのに。

 

それで今日、久々に隙間時間とかでなく純粋に本を読む時間をつくっていて、なんだかほっとした。

自分が戻って来るような感覚。

 

てことは、ちょっと今まずい状態なんだな。

 

どういうことかというと、私はずっと欠かさず本を読んできたので、読むということがおそらく自分を形作るものの一つになっている。

つまり、本を一定期間まともに読まない生活が続くと、次第になんだかわからないが、人生が全体的に不調になってくるのですね。

この「なんとなく不調」というのが厄介で、「じゃあ本を読んでないからだ」とか気づけない。なんとなく不調。

 自分が分離する感覚。

 

前の会社のときもそうだった。

月3日の休みで毎日16時間労働の超絶ブラックだったので、本を読むなんて全く無理。気づくと、なんだか極度に自分がない状態になっていて。

もちろん、この場合原因は概ね労働環境のせいである。そしてそこを辞めて、また本を読み出したとき、「自分が戻ってきた」という感覚になった。

自分が人格と一致していないという自覚が全くなかったにも関わらず。

 

そして話は戻るが、今日本を読んでいて、私は「自分が戻ってきた」と感じた訳で、つまりまたちょっと危ない状況になりかけていたらしい。

 

自分がないというのはどういう状態かというと、まず、何かに対して自分自身の考えというのが限りなく薄くなる。何も考えつかない。思考力が落ちる。視野が狭くなり、余裕がなくなる。

これらはもとから私がもっている性質だけれど、なんというか、悪いところが増幅されていいところを覆い隠してしまう感じなんだ。

おそらく私は一人の時間がかなり大量に要るタイプなうえ、コミュニケーション力も高くないから、他人と一緒にいることが少ない。自分自身と向き合う時間を多くとりすぎてきたのかもしれない。

だからそれらがなくなったとき、自分がブレて不安定になるんだろう。

 

とりあえず、今日はブログを開設してちょうど1年らしい。

なんにせよ、今の会社はホワイトだ。慣れたら、読書とブログとの折り合いをつけていけたらと思う。

夜のピクニック(新潮文庫)

夜のピクニック(新潮文庫)