読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

ここ1年くらいで小説の読み方が変わった/翻訳小説って苦手だったけど

読書 雑記

ここ1年くらいで、小説の読み方が変わった。良くも悪くも少し距離を置いて読むようになった。

以前はというと、好みに合った本に出会ったら、それはもうどっぷりと浸かり込み過集中状態になっていた。数時間中断せず、逆に中断させられるのがかなりストレスだった。
だから特に日本語の表現だと不自然になりがちな翻訳小説はあまり読まなかった。不自然と感じたところで頻繁に集中が途切れ、それがストレスになるから。


最近再読したサマセット・モーム『お菓子と麦酒』も3年前の初読のときはまったく頭に入らなかったけれど、今客観的に読めるようになったことで初めて内容が掴めた。

めちゃくちゃ好きというわけではないけれど、案外良かった。

お菓子と麦酒 (新潮文庫 モ 5-7)

お菓子と麦酒 (新潮文庫 モ 5-7)

 

この本の翻訳、原文をそのまま辞書でひいて日本語にしたような文が頻繁に目につく。

 初読のときに、お茶を飲みながら談笑するイギリス紳士2人の会話で出てきた言葉で受けた衝撃は忘れない。確か「武士は食わねど高楊枝さ」みたいな慣用句だった。(うろ覚えだがそんな雰囲気の言葉)

 

つまるところ、私は完全に19世紀前半のピカデリーサーカスの品の良い一室でインテリのイギリス紳士が会話している世界に入り込んでいるわけで、そこで急にそいつらが「武士」とか言いだすわけである。

そりゃびっくりして現実に戻されもするわ。時代が違うし国も違うわい。

 

私は文から情景を映像のように再生するタイプであるから、何を言っていたかより、シーンとして不自然がないかが重要な位置にあった。

この小説、こんなのが3ページに一回くらい出てくるからやりきれなかった。

 

今回はそこまで入り込まずに内容を捉えるように読んでいたから、表現の末端はあまり気にならなかった。くだんの箇所もスルーしてしまって、正直もう何ページにあったのかもわからない。

 

で、今回分かった内容を大雑把にいうと、舞台は19世紀(おそらく)のイギリス

50代に差し掛かろうという小説家の主人公がつい最近亡くなった重鎮の作家・ドリッフィールドの伝記を編纂しないかと持ち かけられるところから始まり、まだ3文文士だった彼と出会った10代、20代の自分と彼の周辺人物を回顧しながら話が進むというところ。

 

この小説で一番の重要人物は、間違いなくドリッフィールドの最初の妻、ロウジ―*1。主人公とも少年時代懇意だった水商売出身の明るく奔放で魅力的な女性で、仲睦まじかったドリッフィールドを捨てて浮気相手とアメリカに渡った。

もっとも結婚中も単発的な浮気はちょこちょこしていた。自分の欲求に素直なロウジ―の、ファム・ファタル的な魅力を存分に書いた小説といってもいい気がする。

著者のモームもロウジ―という女性の構想が長らくあったと回顧しているよう。

 ●●●●●

今回は、客観的にストーリーや登場人物の人間性を考えながら読むようになったことで翻訳に邪魔されず、純粋にストーリーを読むことができた。

ただ正直今は何を読んでも10~20分くらいでスマホをいじったりしてしまうので、昔みたいになにもかも忘れてのめり込むことが少なくなってしまった。
だから読めることになった本もあり、今回のものもそれなので、悪いわけじゃない。

 

だからこそ、私はそんな自分を夢中にさせてくれる本を求め続けている。

 

さて、今年は面白い本が読めるでしょうか。ワクワクすっぞ!

そんなわけで、明けましておめでとうございます。

今年も楽しいブログライフを送りましょう!

 

こちらもどうぞ

quelle-on.hatenadiary.jp

*1:本名はRose