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読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

私の横断型読書術/最近読んだ4冊がたまたま同じことを書いていたので悟りを開いた

読書

複数の本に書いてある内容が、たまたま一致したり、それぞれお互いを補完するような内容になっているときがあります。読書家の皆さまなら一度は経験があると思うのですが、読書をしていて感動する瞬間のひとつですね。

今回書くことは、正直術でもなんでもないけど、適当に数冊読んでみる=数を打つことで得た読書体験の話。

「何を読んでいいかわからない」匿名ダイアリーの記事とか「読まなくてもいい本」の読書案内 ――知の最前線を5日間で探検するとかが話題になっているので、それに反して書いている部分もあります。*1

 

私は出かける鞄ごとに本を入れ常に4,5冊同時進行しているのですが、最近読んでいる本全てで、同じタイミングで同じようなワードが出てきて、おっ!と思って。「神の導きか」みたいになりました。

その本というのが、竹本健治匣の中の失楽苫米地英人『成功への思考法』・京極夏彦姑獲鳥の夏心屋仁之助『「好きなこと」だけして生きていく』ですが、ジャンルも内容もバラバラで一見繋がりがなさそうです。

しかし、あるのです。

それが脳が認知する世界というテーマ。人間は自分が知覚した通りに世界を見ている、と言い替えてもいいかもしれません。

 

そんなことがあって今人生について悟りを開いた気になっているので*2、消えないうちに書き残しておこうと思いました。

読書を普段しなくて何を読んでいいかわからん、みたいな人は参考程度に。結論としては、適当に読んでもモノになるってこと。理由は以下から。

1、竹本健治匣の中の失楽

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

 

現実と小説と小説の中の現実が入れ替わりながらそれぞれ喰いこむマニア垂涎のミステリ小説だそうです。読んだきっかけは 年内に読もうとしてるミステリ、残りあと21/43冊から。

ミステリマニアが集まって、それぞれ得意分野の数学やら心理学やら物理学だのとウンチクを長々語りながら連続密室殺人事件を推理するところが醍醐味のひとつだと思うのですが、今回私の中に引っかかったのは皮肉なウンチクインテリ・布瀬の言。

5章5「逆転された密室」より

連続して起こっている殺人に「さかさま」というテーマが絡んでいることを受けて、

ケプラー

「我々の眼球の網膜に写る外界の映像は上下左右が全く逆になっているのに、どうして我々はそれをさかさまの像とし知覚しないのか」

 という問に対しての解説の部分。長いので間の部分は割愛します。

 

網膜に写った像は、なんらかの器官(視神経など)で「正しい」角度に直されているかもしれないが、しかしそれには見えているものを判断する脳のはたらきがなければ、逆さだろうが何だろうが意味がない。だとしたら、

 自分が見ている世界の向きと、他人の見ている世界の向きははたして一緒だろうか?

我々は、自分が見ているものを当たり前だと思って生きているのだ。

ではお互い同じ向きの像(世界)を見ていると確認できるだろうか?

否である。

主観的な世界の《向き》は絶対的なものではないのだ。

※ちなみにこの部分は、本書の内容の一端です。

2、苫米地英人『成功への思考法』

苫米地英人マサチューセッツ大を経て上智大を出、その後もエール大学をはじめ様々な大学や研究機関で活躍する超天才なわけですが、多すぎて書き切れないので気になった方はwikiでも見てください。

認知・脳科学・計算言語などさまざまな分野の研究を行っている人です。本は脳科学×自己啓発とかが多いと思う。

 

彼があちこちで語っている「成功法に、コンフォート・ゾーン*3の臨場感を高めるというのがあります。

早い話が、リアルに想像すればするほど脳はそれを現実だと思いこむので、実際の現実がそちらにシフトするということ。

今いる現実を変える根本的な方法として。

 

本書のたとえなら、役者を目指しながら会社員をしているAさんがいたとして。

役者になりたいので、役者として活躍している自分を、そのゴールをなるべく細かく具体的に設定し、想像し続ける。

その想像がリアルになればなるほど、会社員をしている現実に認知不協和*4を起こす。

脳が臨場感の高い(=リアルな方)を現実の自分として選び、コンフォート・ゾーンをそちらに移動させる

スコトーマ*5が外れ俳優になるための今まで見えなかった(思いつかなかった)具体的な道が見えてくる

 って感じです。

ベンチャーの社長が勧めていたので読んでみました。

3、京極夏彦姑獲鳥の夏

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

 

 年内に読もうとしてるミステリ、残りあと21/43冊

この記事を書いた後買いましたが、面白すぎて630ページを二日で読了。

この本も探偵役の京極堂がいろんなウンチクと豊富な知識を披露しながら代々産婦人科の旧家に「20カ月妊娠している女がいる」「密室からその女の夫が消失した」という事件の謎を解く話。こちらはメインが脳科学、民俗学や心理学、歴史学など。京極堂からして清明の系統の神主兼古本屋ですから。

さて、ここで起きる事件のキーワードの一つが、記憶と認知です。

最初40ページ目くらいでかまされる京極節に、

「君がこの世に誕生したのはついさっき、ここに来る直前で、君はそれまでの記憶を一切がっさい持ったまま、ぽこんとこの世に産まれ出たとしても、今の君には区別することができないじゃないか。違うかね。」

 

「君の思い出も、君の現在も、みんなついさっき、君の脳がいい加減に創りだしたものかもしれないじゃないか。」

という箇所があります。「幽霊が見える」現象についての解説の部分。

は、外界(耳や目)から入ってくる情報を検閲する税関であるとする。

納得のいく情報のみを意識上に上らせ、不要なものは意識下に落とし、記憶の蔵にしまわれる。ところが、が意識に上げたものを認めず、記憶の在庫にないものを要求するときが度々ある。

そのとき、記憶は改竄されたり古いものをたった今起きたものとごまかしたりして脳がつじつまを合わせることになる、と。

 

本書の例では、「死んだ人間に会いたい」というのが挙げられていますが、普通に生きていて思い当たることなんかいくらでもある。精神病の類はこの辺りからくるものも多そう。

「我我は誰一人として真実の世界を見たり、聞いたりすることはできないんだ。脳の選んだ、いわば偏った僅かな情報のみを知覚しているだけなんだ」

ちなみに姑獲鳥(うぶめ)とは、出産の過程で死んだ女・生まれる前に死んだ子供またはその情念を具象化したもの。幽霊のように書かれることもあるそうです。

4、心屋仁之助『「好きなこと」だけして生きていく』

「好きなこと」だけして生きていく。

「好きなこと」だけして生きていく。

 

一応書きますが、私は信者ではないです。考え方自体は好きで定期的にブログを読んでいます。その程度です。

 

心屋仁之助はカウンセラーですが、カウンセリングではなく歌ったり講演したりをメインに活動している人。生きづらさを感じている人に対して、「あなたがしんどくなっているモトのその価値観や常識って、思いこみじゃないの?」

「何か理由があってその不幸を望んでわざわざ作り上げていない?」

(例:夫の止まない浮気に苦しめられているが、本心は被害者でい続ける現実を望んでいる)

みたいな論調が多いです。お金と生き方が多い。

 

一貫して言っていることは、なぜかうまくいかなかったり不幸が連続したりするのは、意識では「あれがほしい、こんな風になりたい」とか思っていたとしても、意識下で不幸になる現実を選択しているから。ということ。

 

たとえば、

・たくさん努力して昇進してたくさん収入を得て、仕事に人生をかけるのが当たり前。(でも頑張っているはずが何かうまくいかない→不幸)

・専業主婦だから毎日ご飯を3食一汁三菜つくって、子どもを立派に育てて、夫をねぎらって、家の中をいつもきれいにしないといけない。そうでないと自分の存在価値がない。

(でも夫は冷たいし子どもは問題ばかり起こす→不幸)

収入がなくても、家事が手抜きでも、付加価値がないと自分には存在価値がないという世界で生きている状態

無理して付加価値を付けなくても自分には価値があると思えると、がんばらなくても本当に好きなことをしているとなぜか収入や愛情が手に入る世界にいける

 要約が下手でもともと宗教チックと言われる心屋節が余計宗教チックになりましたが、自分に価値があると思えると、本当は自分はどうありたいか・そう思いこんでしまったのはなぜなのかがわかって落とし込めると。

今までの常識と違う現実が待っているということですね。

 

 実は本はパラパラっと立ち読みでしか読んでいなくて、主に読んでいるのはブログの方なのですが、言っていること自体は本もブログもほぼ同じです。

 悩んだときとかにグッとくるフレーズも多いのでブログをちょっとお勧めしておきます。心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」

まとめ

竹本健治の「自分の当たり前と思っている世界は脳の主観である」

苫米地英人の「脳の主観を切り替えることでで現実の世界を変える」

京極夏彦の「我々が生きている世界は脳が選んだ情報による情報に過ぎない」

心屋仁之助の「思いこみの価値観から出ると、違う世界に行ける」

 

以上、「人間は、それぞれ自分の脳が認知する主観の世界で生きている」でした。

 全て自分の見ている(体験している)世界・現実は自分の脳が作りだしているとしたら自分の見ている世界は自分が思いこんだ通りになるのではないか。無意識化下に落とし込むまで。

それは、今いる 私たちは特殊な液体に浸されている脳ではないとはたして言えるだろうか?というような命題と似たような ものだと思います。

 

そういえば引き寄せの法則 が少し前に流行りましたが(私は半信半疑)、「引き寄せが上手くいかない」という人はまだ完全に脳が実現したい現実を認知していないというのがひとつあるかもしれません。まだ無意識下に落とせていない=脳がそれを現実の情報として認識していないってこと。

 

と、いう悟り(笑)を開いたのでした。

 

おまけで読書→現実での体験の話。

私は1年前の私とは全然違います。コミュ障で劣等感が強くて消極的で生きているのが苦痛でしたがした、今はおよそ真逆のところにいます。社会的地位はないに等しいけれど、けっこう好きな人とやりたいように生きているわけで。*6

 

それは、「自分はなにもできないに決まっている」「自分は人より劣っている」「自分は誰からも嫌われるに決まっている」という世界の前提を変えることができたから、「自分は好きなことをしてもいいよくて、得意なこともあるし、自分を好いてくれる人もいる」という自由度の高い世界で生きられるようになったから、というところに結びつくのでした。

経験と読書が結びついた瞬間。

 

人は見たいものしか見ない生き物ですから、読書していて、そこの部分を意識的に記憶に残したのかもしれません。いや、むしろそういうことが書かれている本を無意識的に選んだのかもしれません。

読むという選択をしたのは、自分ですからね。

*1:ただ、これは適当に手に取る人が多い従来の読書に対して書かれていると考えられるので、普通はよく考えずに読むのが読書、という前提があるかもしれない。

*2:たいてい2、3日で消える

*3:自分が楽でいられる範囲

*4:イメージと現実世界のギャップによる祖語

*5:できないという思いこみ

*6:好きじゃないことを嫌々続けているとまた腐ってくるんですが/バイト生活がそろそろヤバイ