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読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

「エロやさしい」って表現に異議あり

雑記 読書

 昨日のsmartnews「読書」より。

ddnavi.com

好もしい状態を形容する言葉で現在意味や使い方が変わったものに、たとえば思い当たるのもので「なつかしい」がひとつある。現在では人、というより心情に対して使うが、「慕わしい」「惹かれる・魅力的である」という意味で、明治文学などにちょくちょく出てくる。

 

そしてもうひとつが、「やさしい」。同じく、現在では「思いやりがある・気遣いができる」「共感して慮ることができる」ような意味で使われるが、これも「上品・優美である」「しっとりと情が細やかである」「なよやかでつつましい・けなげである」なんて、好ましさを形容することができる言葉だったはずだ。

 

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葛飾北斎 - Wikipedia

女性に対して文学などでは使われることが多いと思う。

 

と、こんなところで本題に入るのだが、中野節子『女性はいつからやさしくなくなったか』という本の紹介文で言葉の使い方に違和感を覚えるところがあって。

江戸時代、女性はエロい方が愛された? ―江戸の女性史からみえる理想の女性像 | ダ・ヴィンチニュース(再)

内容としては、現在ふしだらとされる「好色である」要素が江戸時代は実は江戸時代ではポジティブにとらえられていた。それがなぜ後世のネガティブに評価に変わったのかこの本で書かれていますよ、というところ。

気高く、情が深く、女性性が豊かである、そしてさらにエロチックな側面をもっている。(中略)情が深いというのも、他人に共感できる能力に長けているとい うことだが、女性の情が深いとは、異性から好きだと思われるとむげにはそれを拒絶せず、むしろ自分も相手を好きになるという共感性を含む。(中略)今では 好色が反道徳的な響きをもつようになったが、近世の初めまでは、好色は肯定的に受け止められている。

本の中のこの箇所を受けて、

つまり、男の誘いをむげに断らない女ということだ。

どうも男性にとって都合の良い女性のように思えるが、そうではないらしい。

 

「やさしい」は「艶」という意味合いが強くあった。つまり、今風に言えば「エロやさしい」というところだろうか。

だいたいエロ・・・というのがまずこの場面では本来の意味合いに比べて軽薄な言葉の印象だし、「やさしい」という言葉の中にそんなニュアンスも微妙に含まれているのは本文にある通り。「艶」がすでにそういうニュアンスを含んでいる。

近世初期には「情事を楽しみ、恋愛の情趣をよく理解し、風流や風雅に理解がある心」として、ポジティブな意味合いにとられることが多かったそうだ。

 むしろこちらが正しくて、これがすなわち先に挙げたやさしい=「優美でしっとりと情が細やか」に含まれると思う。

だから、「エロやさしい」は、いわばフラダンス*1とか、頭痛が痛い*2のような二重表現になっていると感じるのだ。

現在の意味での「優しい」とごちゃまぜになっている。

現在でも通用する「やさしさ」

言葉の違和感ついでに内容の表記の違和感。

「好色」が現在反道徳的であるという箇所だ。

 

「好色」という言葉をどうも誘われたら付いてっちゃう単なるビッチを表す言葉みたいに書いているのである。

むげ(=むやみ)に拒絶しない、というのは「でもここでヤったら軽い女と思われちゃうし・・・」みたいにとりあえずNOを突きつけるのではなく、いいなと思ったら自らの判断で飛び込んでいける主体性を持った意味ではないか。第一、そんな男性にとって都合のいいだけの女は「気高く」はないし。江戸時代はかなり技巧が普及してたみたいだし。

 

この著者のいう「好色」のニュアンスは、けして現代でも否定されるところではないと思っていて。「情が深い」「女性性が豊か」「共感性がある」女性。

つまり思いやりがあって・女性性(現在の意味での優しさや、性的な側面を受け入れていること)をもって・相手に(心情的にもテンション的にも)共感できる女性は一般的に評価される。

共感にはいろいろあるけど、あんなことやこんなことでも、相手とテンションを合わせて一緒に楽しむ姿勢があるっていい女だと評価されないだろうか?それとも、そんな人が好色だって批判されるのだろうか?

今けっこう、恋愛のHow to系の本やサイトでこんなことが推奨されているのを見る気がするのだが。

(※逆にすると、思いやりがなく自分の女性性を認めず、相手の感じていることも全く考慮しない=こじらせ女子 or マグロちゃんである)

 

 10年前くらいまでは反道徳的だったのかもしれないが、どちらかというと、ひたすら貞淑であるのが評価された明治以降から、また一周して「性を受け入れて、それに対して主体的な女性」が評価される方向でで現在に戻ってきている、と思う。

 

そしてそんな女性が、今一部を除いて「好色」なんてネガティブな評価をされることは減ってきている、と思う。

だから、やっぱりこの紹介文では、現在の意味と価値観を混ぜて江戸時代の言葉と価値観を語っているがゆえにずれた表現が生まれてしまっているのだ、と思うので異議を唱えてみた。

 

女はいつからやさしくなくなったか: 江戸の女性史 (平凡社新書)

女はいつからやさしくなくなったか: 江戸の女性史 (平凡社新書)

 

 一応貼っておきますが、私は読んでいません。江戸時代の文化も多少知っている程度。

この記事が的外れな指摘でないことを祈って。

そして、「エロやさしい」がアドセンスに引っかからないことを祈って。

 

 

おわり

*1:フラ=ダンスの意味

*2:頭痛=頭が痛いこと