読書系フリーターの日常

ブラック企業を新卒半年で辞めた読書好きフリーターがいろいろ考えています。契約社員になりました。

日本はファンタジー飢餓状態に陥っている気がする

人間は、いつだってファンタジーを求めている。


映像や画像コンテンツが発達した現代のについて読書好き的に考えたこと。


伝承を持たない民族は多分いません。日本には古事記日本書紀、ヨーロッパには有名なギリシャ神話、インド、アフリカ、東南アジア、民族の大小を問わず神話や伝承は必ずあります。
私はアイヌの伝承とか好きなのだけど。自然のあらゆるものに神が在るという感覚。すごく豊かな世界だと思う。
竹取物語なんかのお伽話は、全世界に似たような話が点在しているそうな。


人間には、現実だけでなく「現実にはないもの」を想像してその世界に入ることが、生きていくために必要なんだと思います。文字を持たない時代から人間がずっと作り続けてきたもので、
うまくは言えないけど、現実のみを見つづけると人はどこかおかしくなってくる気がする。

ファンタジーは自分の頭の中で楽しむもの。言うなれば自分の世界に入ることだと思っています。
他人の作ったもの、例えばファンタジー系のゲームだとか、そういうものに頼りきっていると想像力が落ちてきます。ほしい形を華美に、ほしいだけ見せてくれるのでそれを見つづけることで満たされたと錯覚してしまう。


そして想像できなくなってくるから、誰かが作ったファンタジーに頼ることになる。そして、また想像力が衰え・・・。
そしていつまでも満足できないので、気付かずに飢餓状態に陥り、たとえばネットゲームやアプリに没入していくことになっているのではないか、と。
でも、やっぱり他人が作ったものだから、満足できない。


昨今のスマホゲームの台頭からも、それは伺えると思っています。
ファンタジー系はダウンロードの上位に複数見られるけれど、そのキャラクターはギリシャ神話や三国志とか、古事記とか?(スサノオ、アマテラスあ
たりよく見る)大昔に作られた物語のリメイクがとっても多い。モンスターとかもそうですよ。ゴブリンとかサキュバスとか、サラマンダーとか?


言葉や文字でお伽話が伝わっていた時代は、見えない分自分の頭の中で膨らませることができたはず。
インターネットで他人が作ったものがいくらでも流れ込んで来る現代は、ある意味想像の余地がない気がします。
社会問題と呼ばれるものの根底に、そいうものの根っこが隠れてないかな?たまにそう感じることがあります。
なんとなく鬱屈した感覚、不足感とか。

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小説は実用的じゃないし読む意味がわからない、みたいなビジネスマンもけっこう見る気がするので、ふと考えて書いてみました。


言っても私はドラクエとかポケモンとか、FFとか普通にネトゲも大好きです。
ただ、てっとりばやい映像コンテンツだけでは人間てけして満足できなくて、それに気付かずに無限に求めつづけてるとしたら、それに気付かないとまずくない?ということをちょっと思ったという話でした。
だって、不必要なものは淘汰されていきます。これだけ長い間人が作り続けてきたものが、人間にとって必要ないわけないと思うのです。


最後に、私が大好きなファンタジー、ミヒャエル・エンデ『果てしない物語』より、人間がファンタジーを否定することでファンタジーが消滅の危機(虚無が広がりつづける)にあるシーンで、人狼の台詞から引用します。

はてしない物語の中の登場人物!お前らは自分が実在するものだと思ってんのか?

虚無 (私注:現実世界)に入りこんでいっちまえばー略ー幻想になったり目くらましになったりして人間世界に入り込むんだ。
虚無に飛び込んでいった化け物の町の連中があっちで何になるか当てて見な、ぼうず!

連中はな、人間の頭の中の妄想になるんだ。ほんとは恐れる必要なんかなんにもないのに、不安がっていろんな思いを持つようにさせたり、自分自身をだめにしちまうものなのに、まさにそれを欲しがる欲望を持たせたり、実のところ絶望する理由なんかないのに絶望だと思い込ませたりするんだ。


人間てのはな、ぼうず、頭に描く考えでいきてるんだからよ。


はてしない物語 (上) (岩波少年文庫 (501))

はてしない物語 (上) (岩波少年文庫 (501))

はてしない物語 (下) (岩波少年文庫 (502))

はてしない物語 (下) (岩波少年文庫 (502))




おわり。