読書系女子のあれこれ

本の考察です。

川添さんと本の交換をしてみたらチョイスが真逆で面白かった

quelle-on.hatenadiary.jp

Letter from Kyotoの川添さん(id:kkzy9)と加茂川(表記は合っているのだろうか)べりにて本の交換をしてきました。

上記の記事がきっかけです。

f:id:quelle-on:20160603224502j:plain

待ち合わせをして、加茂川へ。

川添さんはすっごい写真撮ってそうな雰囲気の方でした。(事実ですが)

京都に来るのは久しぶりで懐かしい。

お互い、京都の大学を出ているんですよね。

 

お互い本を1冊ずつ持ち寄って交換しました。

f:id:quelle-on:20160603224411j:plain

私が渡したのが宮本輝青が散る、川添さんにもらったのが五木寛之『青年は荒野をめざす』です。

どちらも同じくらいの歳の男女の青春小説でした。両方有名作家の有名な小説。

私はなんとなく、ブログの川添さんの考え方の雰囲気に近いかなーと思って持っていきました。登場人物全員関西弁だし。

川添さんは旅行のイメージで持って来られたらしいです。

内容が真逆

どちらも、20歳くらいの男女が様々な人種の人間(肌の色のみの意味合いではない)との出会いと自分や他人の欲望、闇などと向き合い、成長していく話です。主人公の年齢も同じくらいの青年です。

なのだけど、そのベクトルが真逆。非凡の悩み⇔平凡の苦しみ、みたいな。

 

お互い会うまで何を持っていくか知らなかったはずなのに、同じような境遇の青年の真逆の内容で面白かったです。

 

以下、本の簡単なまとめと比較、感想など。

 青年は荒野をめざす

青年は荒野をめざす (文春文庫)

青年は荒野をめざす (文春文庫)

 

『青年は荒野を目指す』はなかなか前向きな話でした。

ブログの印象は「暗さ」に真っ向から向き合っている方のイメージだったので意外でした(内容はともかく話した感じも暗くなかった)。

 

ジャズでプロを目指す20歳の主人公が、大学に行くのをやめ、自分の殻を破るために主にロシアからヨーロッパ(主に北)を旅する話です。

途中で行動を共にしたり強く関わってくるの人物も、主に才能に恵まれこれから開花しようという男女。彼らが人間の欲望や暗い部分を見たり、巻き込まれたりしながら前に進んでいく、そんな感じの話だと思いました。

 

若い、まだ自分の限界と若さゆえの尖ったところ間で折り合いがつかずにいろんな葛藤をしながら自分の生き方に向かい、才能を試そうとする主人公とその仲間たち。

登場人物の中にはもう中年で既に何かの挑戦に失敗してどん底に落ちている人間も少なからず出てくるのだけれど、彼らもまた一から違う人生を、深みを加えて始めていく。

登場人物(それぞれ強烈に個性的である)の描写が良かったです。みんなそれぞれの頭一つ抜けた才能に明るさと暗さ、強さと弱さを同じくらいに持ち合わせていて。

 

 川添さんのブログの雰囲気と読んでる本からして思いっきり人の闇の部分を強調した内容のでくるかと思っていたので、意外な感じでした。

 若いときはことに、これでおしまいだなどと考えたがるものさ。だが、そうじゃない。人生は何度でも新しくなる。青春は、その人の気持ちの持ちようで、何回でも訪れてくるんだよ。

主人公が巡り、生活する各国の描写も本当にその場にいるように感じられたし、その国柄や人柄、風習、街並み、それは実際行って見て取材しないと書けないんじゃないかというような。

実際にしたのかは知らないけれど、本当に空気や匂いまで伝わってくるかという、まさに「旅」という感じ。

そこらへんのチョイスは確かにいろんな国を、それも有名観光地や明るい面だけじゃない場所も見てきたブログの感じの川添さんらしい本かもしれなかった。

振り返れば、ダークツーリズムだった - Letter from Kyoto

 

青が散る

青が散る〈上〉 (文春文庫)

青が散る〈上〉 (文春文庫)

 

*1

一方青が散るは簡単にまとめると、

・平凡な主人公が惰性で入った大阪の新設底辺大学でテニスに全力を注いで過ごす4年間の話で、

・行動を共にしたり強く関わってくるのも平凡な、あるいは一部非凡な才能があったとしても何らかの理由でそれを活かして生きられない男女。

・彼らが人間の欲望や暗闇、人生のうまくいかなさを味わいながら、それでもいろいろな経験をしながら折り合いをつけ、歩んでいく話。

 

自分自身から逃げ出せない諦めによって、平凡な人生を前に進んでいく話だからこそ面白いのだと思っています。行動範囲も狭い。大阪~三宮くらいの間しか動かない。

努力したって英才教育を受けた天才には勝てない。金持ちのボンボンと美女がくっつき、青春の思い出を抱きながらも予想される、しがないサラリーマンとして平凡な人生を生きていくであろう自分。

 

登場人物みんな好きな人には振り向いてもらえず、精神病や弱さを抱えていたり、挫折したりして、ある者は途中で脱落したりしながらもじわじわと人生を過ごしていく。

 全体的に後ろ向きだが、それでもなんとなくこれからも人生が続いていくんだ、というような不思議とけして後ろ向きではない諦観を伴った独特な雰囲気の小説だと思う。

人間の負の部分やほとんどの人が当てはまる平凡さについて、ここまで濃厚に読ませる力を持って書かれた青春小説はなかったのではないかと私は思っています。

 おわりに

どちらも青春小説としてそれぞれの面ですごく心と記憶に残る小説なので、並べてみると面白かったです。偶然のチョイスで似たような条件のそれぞれ逆方向の話になったことも。

 

自分では絶対買わなかった本だと思うから、知らない人と本を交換してみるって面白いなと改めて思いました。

楽しかったです!全然本と関係ないことばっかりしゃべってましたが、それもまた良し。

川添さんは不思議な考え方の人だなあと思っていましたが、いろいろ対面で話を聞いてみて知らなかった話とか面とかが聞けて面白かったです。印象が変わりました。

 

もし今後も気になる方がいたら、最初に貼った記事を読んだうえで、是非声をかけてくださいね。

lfk.hatenablog.com

ついでに

旅行系で私もいこうかと思っていたので、渋澤幸子の『イスタンブールから船に乗って』とどっちにしようかと迷いましたが、これはこれで面白かったですね。

イスタンブールから船に乗って (新潮文庫)

イスタンブールから船に乗って (新潮文庫)

 

 こちらも旅行記として私が最も面白いと思っている本なので、気になる方は是非。おすすめです。あまり有名だったり、メインでない観光地や本当に現地の人しかいないような場所を女一人旅してるエッセイ。

*1:アマゾンにありませんでしたが、本当は一冊で上下の内容が完結している方を持っていきました

下田美咲の恋愛論で大事なのは、個人差じゃなくて一貫性なんだ。

cakesで下田美咲の口説き方が3シリーズともバズっている。

cakes.mu彼女の突出した独特のセンスと磨き抜かれたオリジナリティのなせる業だと思う。

私は下田美咲が好きだし、ほぼ見る専のtwitterアカウントでもフォローして毎日チェックしている。面白いから。

 

私が特に好きなのは第一回目 「奢ってくれないと困る。あなたのことを性的な目で見たいから 」なのだけれど、twitterなど各所の反応を見ると、「彼女だから許される」「自分個人の考え方であることを書いているのは良いが、みんなに当てはまることじゃない」とかそういう意見を見る。

yutoma233.hatenablog.comごめんなさい。下田美咲を誤解して欲しくなかった。

 

一般論化できないのは当たり前。個人の話なのだから。

でもなんていうか、そこじゃない。

「恋愛論」として見るべきなのは、個人の話かみんなに当てはまるかどうかじゃない。

だって、そうだったら一般に向けて公開する意味なんかないもの。

そんなこと下田美咲氏だってわかっているけれど、あえて書いている。

彼女の恋愛論から抽出すべきは、一貫性だ

下田美咲は徹底的に自分の価値観で生きている人間だ。世間でどうとか、何が普通かとか、どれが得かとかではなく。

 

彼女は、気になる男性と食事に行ったときお金は出さない。出すそぶりも見せない。

「私も半分出しますよ」パフォーマンスをしたことが、一度もない。初デートであっても、何度目かのデートであっても。財布を小脇に抱えて「いくら出せばいいですか」顔を作ったことも、ない。

しかしこれは本人も書いているように、お金の問題ではないのだ。

カフェに入るお金がないなら公園で120円の缶コーヒーでもいいと書いているし、そもそも恋愛対象でなければワリカンで構わないみたいだ。

 

簡単に書くと、

自分が性的な目で見られる人と付き合いたい(目的)

とことんぐにゃぐにゃになって甘える付き合いがしたい

シャキッとしなければいけないシチュエーションをつくりたくない

おごってくれる人でないとお会計のときに毎度シャキッとしなければいけない状況になる(そこだけ急に切り替えないといけなくなる)

とことん甘えん坊モードになれない、そこで萎える

ベッドの中の男らしい感じとのマイナスギャップなどにより性的な目で見られなくなる

だから、デートで必ずおごってくれる人と付き合う

 

わかるだろうか。彼女が欲しい物(目的)とそれを手に入れるための手段が一貫していることが。やることとやらないことがはっきりしていることが。

それができるのは、彼女が自分がどういう人間で何がなぜほしいのかがちゃんとわかっているから。

恋愛を始めて13年が経ち「自分にとっての恋愛とは」が、よく解ってきたからだ。私の場合、ワリカン男子は恋愛対象に向かない

 

目的に対してとる手段が明後日のベクトルを向いていることってけっこうある。

例えば、世話好きな彼氏に甘やかしてほしいタイプなのに、合コンで張り切ってサラダ取り分けたりなんだかんだ世話焼いちゃったりとか。

(一貫性で言うなら、この例であれば何もせず積極的に取り分けてくれる世話焼き男子をフィルタリングする方がいいと思う)

 

世間一般のモテテクを、本当はそれを好まない人と付き合いたいくせに、何も考えずに使ってしまったりとか。

 世の中の恋愛相談は、彼女のしていることと真逆のことで溢れている。

 

下田美咲は、目的とその根拠が明確だから、それを一直線に手に入れに行けるんだ

そして、手に入れることができるのだ。

自分自身の目的(欲しいもの)をはっきりとさせて、それを手に入れるために確実な手段を使う。それが他の誰でもない、自分にとっての幸せな恋愛のための近道なんじゃないかな。

そこのブレない一貫性が、彼女の「恋愛論」から学ぶところなんじゃないかと思う。

 

 

ちなみに彼女はその対価としてちゃんと、「図々しい女と思われるリスク」を取っている。

みどりの小野さんが書いている、

世の中デートでこれはありえない!なんてNGマニュアルに溢れてるけど、本当はそのNGを許してくれる相手とこそ長続きするんじゃないかなぁ。
ただその『許してくれる人』を探すのが難しいんだけど。

ここと本質的には同じようなもんじゃないかなあ、とも思ったけれど。

世間的にNGな「財布を出す素振りもしない」って、『許してくれる人』を探すってことではないのかな。

なぜ「フレンチキス」の意味は誤解されたままなのか?

最近、本は読んでいるけどなかなか本について書く気になれなかった。サブブログはちょこちょこ更新してます。

 

f:id:quelle-on:20160529224915j:plain

駄文。

今日マクドでポテトを食べているときに急に浮かんできた疑問なのだけど(フレンチフライだから?)、なんでフレンチキスって言葉は間違って伝わったんだろう。

アメリカに伝わった時点で間違ってた、というのが最有力らしいので、それは一旦脇に置いておこう。面白くないから。

 

最近では「みんな間違って使ってるよ!」式の記事やら何やらが広まってきて多少は皆バードキスの意味ではないと知っているはずなのだが、いまひとつ本来の意味での使い方はされていないような気がする。

 

その理由を100円のコーヒーを飲みながら考えていたら、言葉の響きなんじゃないかと思いいたって、以前読んだ本を思い出した。

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか (新潮新書)

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか (新潮新書)

 

 

詳しい内容とかそんなは以前書きました。

quelle-on.hatenadiary.jp

当書は音や言葉のイメージを発音・発生がどのように私たちの脳に影響を与えるかということについて、脳科学者が例を出しながら解説してくれているという内容。

自分の中では新しかったしなかなかユニークで面白かった。

 

それで、フ・レ・ン・チの音についてこの本を参照すると

フ(Fu)

発音・・・喉の奥をしっかり開けず、息の一部を唇に当てて震わせる。

イメージ・・・拡散・非日常(非現実)。ふんわりと霧散していく非現実。発声が軽く閉じた喉から息が拡散していく状態から。

(例:ファンタジー、フィクション、ファンタスティック)

 

レ(Re)

発音・・・丸めた舌の先を、上の歯の付け根あたりで弾いて出す。

イメージ・・・規則性・リズム感・継続性。舌で弾く動きによる軽やかなリズム感が生まれ、弾む音の感じがまだまだ続く感じを出す(例:キラキラ・クルクル)。

冷たさ・透明感・理知的。自然界にあまりない音であり、モノとしては薄いガラスや金属を叩いたときの音のイメージが強いことから。

 

ン(Nn)

発音・・・上顎に舌のほぼ全体を密着させ、鼻腔音を出す。

イメージ・・・非常に私的・内向的上顎の密着感と頭蓋骨内にこもって響くため。息を使わず出すので他の音に比べスピード感がないことから、遅い・停滞のイメージも。

 

チ(Chi)

(Ti)

発音・・・上顎に舌の一部を密着させて、その密着地点に強く息をぶつけ、ブレイクスルーする。

イメージ・・・固さ・強さ。舌を固くした部分に強く息を当てるところから。

湿度・粘性舌で蓋をして息を押し出す過程で唾が飛びやすいため。

(Chi)

唾の飛び方は賑やかさと子供っぽい娯楽要素が入る。マーケティング的にはどCH音には特にこの要素が強く、ちらかというと大人の子供心を刺激する音とされる(例:チャンバラ、おもちゃ、チャイルド)

 

※日本語の発音前提なので、あえてローマ字にしている。

※長くなるので子音の部分だけに止めた。

※必要そうな部分だけ抜き出したので全てではない。

 

 

まとめると、「フレンチ」が持つ音のイメージは、ふんわりした非日常感の中で、軽やかにリズム感を彷彿とさせ、私的でかつ大人が子供っぽくふざけているような感じというところだろうか。

どう見ても(聞いても?)軽いチュッチュッというようなバードキスを彷彿とさせる。

一方、本来の意味の粘性や重厚さの雰囲気は全く出せていない。

 

従って、日本でフレンチキスが本来の意味で普及しないのは、どう考えても音のイメージに合わないからなんてところもあるのかな、とひとりマクドで考えていました。

 

 ※追記

ブコメで皆さんがフレンチって言葉から連想してハレンチハレンチおっしゃるので、「ハ」のイメージを本書から参照いたします。

ハ(Ha)

発音・・・舌の付け根をほっこり開け、気管から出てくる息を一気に口元まで運ぶ。

イメージ・・・包容力・開放感。喉の開閉の動作と気管から息をそのまま口元まで運ぶため。音の中で最も温かい息をそのまま出す音であることから、乾いた感じ・温かさのイメージ(特に母音aが付くと息が熱い状態で出てくる)。例:ホカホカ、ハフハフ

 

じゃあ「ハレンチ」ならどうなるのかというと、それは想像にお任せします。

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)

怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)

 

 

深夜特急のような本の交換がしてみたい

最近なんも考えずに適当に書きたいなーってことが増えたので雑記用サブブログ作りました。こっちは読書系とか考えたことでまとめたいので雑記用に。気が向いたら適当に更新するつもりです。

とりあえず今は欅坂46に夢中・・・。

 

 

本題なんですが、

バックパッカーのバイブル、沢木幸太郎『深夜特急の中で印象的だったエピソードがあります。(確か深夜特急だったと思うのですが)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

 バックパッカーをしながら長期間海外を回っていると、日本語に飢えるときがくる。
そのときのために、これぞという本を数冊くらいバックパックに入れておく。


だけど、そんな本も何度も何度も繰り返し読んで、ついには飽きてしまう。
そんなとき同じ日本からきたバックパッカーと出会う。近況や自分のことなんかを話す。お互いの読み尽くした手持ちの本を交換する。

 

そうやって本が世界を巡っていくと考えると胸が熱くなるなと。

バックパッカーする予定はないけれど、そういうのちょっとやってみたいなと思って。

 

読者登録しているブロガーさんで、本が好きな方でも普段読まない方でも構いませんが、お茶でも飲みながら自分のお気に入り・お勧めの本と私の一押しの本と交換しませんか?

 

・お互いに読者登録していて、

・コメントかブコメで2度以上やり取り*1したことのある方で

はてなブログをやっている方

もし興味のある方はいつでも名前とメールアドレスを添えてメールフォームに「交換希望」と連絡ください。メールを返します。

(それ以外の方は応相談)

 


私はフリーターのうちは暇なので、今でなくとも気長に募集中です(^ ^)

読書関係以外で私に興味を持たれる方はいないと思いますが、交換以外でも声をかけていただければ。

場所は大阪・京都・兵庫のどこかでお願いします。

 

 

就活してます。面接官が苦手なタイプだったときのしんどさは異常

相性の合わない面接官の話

*1:ブコメはお互いに2回以上付けたことがある

「好き」を仕事にするのは正しいのか問題

好きなことで食べていくのって、一般的に正しい(良い)と思いますか?

 

 

最近働くことについて考える。

というのも、企業勤めが嫌で嫌で就職に失敗してすぐ辞めてフリーターになって、好き放題やりたいことだけしながらだらだら生きること約1年半。

あろうことかこの私がついに働きたくなったのである。

徹底的に好き放題生活した甲斐があったというものだ。

 

そんなわけで今就職活動を再開していて、特別やりたいこともないので次はどんな職業にしようかと考え、いろいろ調べたら引っかかってくるのがこれである。

 

好きなことを仕事にするのは正しいのか問題 だ。

「正しい」の定義

そもそも正しいって何?という話だが、これは私は「その生き方を積極的に肯定・実行しようとし、またそのような状態が一般的に望ましいと考えている」=好きなことを仕事にするのは正しい、としたい。

論拠が極めて個人的な体験・見聞になりがち

往々にして正しい、いやいや好きなことは趣味に止めた方がいい、はたまた好きより得意なことを仕事に・・・など正しい or 正しくない+α(条件付)の答えが出る中で、いつも気になるのが主張する人の論拠が完全に個人の体験だということである。

もちろん皆が皆ではない。しかし過去のデータとか、統計とか、客観的なデータを持ちだしてくる人はあまり見ない。アドバイザーなどはまた別であるが。

 

それの何が引っかかるかというと、自分(もしくは有名人など、いずれにしても個人)と同じ人間はいないのだから、(一般的に)正しいか?という質問に対して私や私の周りが、有名人がこうだからこう、という自分含め知っている数人の話を持ち出してそれぞれ全く違う多数たる一般に当てはめようとする風に見えてしまうところだ。

 

あえて単純化するが、大半はこの4パターンになる。*1

・好きなことを仕事にした/成功 ⇒好きなことを仕事にするべきだ

・好きなことを仕事にした/失敗 ⇒好きなことは仕事にすべきではない

・好きなことを仕事にしない/成功 ⇒好きなことを仕事にしなくてもよい

・好きなことを仕事にしない/失敗⇒好きなことを仕事にした方がよい

 私見では、正しい派も正しくない派も片方が主流とか多いとかはなく、どちらも一定数いるイメージである。

ではそれらの双方が個人の感想で主張しているなら、どちらもあり得るので両方正しい/正しくない ということになる。

どちらも正しくないのだ

「じゃあ人それぞれだよね」で片付けてしまっては面白くないので、少し掘り下げてみる。

 

大前提として言いたいのは、「好きなこと」は人によってバラバラであり、その「好き」の程度や認識も、もっと言えば仕事として稼ぎたい額も人によってバラバラだということ。

 

意外とここの重大にして甚大な個人差を考慮に入れていない意見がちらほら見られる。

「人それぞれ」を主張していたとしても、努力の必要性を説いたり、「好き」の程度の認識の差を指摘するくらいでなんだかスッキリしない。

 

好きなことを仕事にした成功者がよく言うのは、「好きだからここまでできた」である。

ものすごく好きだったからそれを突き詰めてその道の第一人者となった研究者。ITオタクの知識を活かして起業してIT分野で成功した企業家。一流のスポーツ選手。人気の作家。

 

彼らはそもそも、そのことに対してアホみたいに長い時間努力できるのである。才能等の存在はあるのかないのか知らないが、少なくとも適性や素養はあるわけで。

成功には、流れに乗れるとかブームに乗るとかも含まれる。

それはつまり、その好きなものが「流行している」「ニーズが高い」などの要因にたまたまマッチしている状態になるからだ。

 

では、これからができずに夢や現実から離れたイメージ、流れに乗れない(作れない)状態で好きなことを仕事にしようとすると失敗しやすいということになる。

 

まず好きなことで食べていこうと思う人ならその好きなことに対する知識・技能はある程度のレベルに達しているのだろうけれども、たとえばイラストなどは、市場が成熟してしまって競合が多かったり供給過剰に陥っているものが「好き」ならば、要求されるのはかなりの完成度だったりそのときに受けの良い絵柄だったり、マニアックな多方面にわたる知識や技術だったりする。

要は求められるレベルが高いので、そのレベルに達していないと仕事にならない。

 

 つまり、高度なレベルが求められる仕事になる「好きなもの」ならば、参入に対するハードルが高くなる傾向があるだろう。

 まとめ

私の結論としては、仕事を選ぶ際において考えないといけないことは、

 

1、その「好き」なものが現在~数年において市場的に仕事として成立する(稼げる)分野である or 稼ぐ方法が見えており、

2、なおかつそれを仕事にすることで、その「好き」が(個人が思う)最低限の生活に必要な金銭を稼ぐことができるレベルに達している状態

 

ならば、好きなことを仕事にするのは正しい、となるのではないだろうか。

 

 「必要なレベル」「仕事として成立するか」この辺りは、自分一人でなく第三者に一度アドバイスを求めてみるほうが冷静に判断できそうだ。

肯定派にしろ否定派にしろ、他人にもそれを勧める場合は、その人の好きなことが・好きな(できる)レベルが、自分と似たような条件であるのか否かくらいは考慮してほしい。

 

ちなみにだが、無名・貧乏からスタートして成功した成功者は「諦めず続けてきたから成功しました」ようなことをよく言うが、それはおそらく続けるうちに1と2が同じタイミングで揃った結果なのではないだろうか。

それと、三番目くらいによく見る「向いていることを仕事にするべき」は2の部分を抽出したものであると考える。

いずれにしても、最低限両方揃わないと難しい道になると思う。

 

 

※市場や求められるレベルは時代により遷移するため、「今するかどうか」の話に絞って書いた。

働くこと、好きを仕事にすることに迷いのある方にお勧めする本

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

 

さまざまなパターンの 働きたくない/好きなことで生きるを哲学する一冊。「働きたくない」をここまで突き詰めた本は他に類を見ない。

「手紙屋」

「手紙屋」

 

 自分の中の働くことの位置づけについて考えたいときに。

*1:例外あり

気になってる小説・ビジネス書・エッセイ&とりあえず迷ったら読んどけって本リスト

サイドバーのプロフィールに最近流行の欲しいものリストをつくってみました。

内容は95%本で、普通に面白い本を探している方にもおすすめなリストです。

ジャンルは小説、エッセイ、ビジネス書が主。

 

www.amazon.co.jp

 

 

読んでないものも多いですが、いろんな人に勧められたり他ブログで評価がかなり高く面白そうだったり、はたまた持っていないけれど読んだことがあってめちゃくちゃ面白かったとかで。

ひろこは貧乏ゆえ古本屋でしか本を買えないので、出回らないものはあまり手に入らないのです。たまに奮発してamazonで買ったりしますが。

でも、これらは絶対集めて読むつもり。まずはお金稼ぐために就職しないとね・・・。

 

中でもリストで一押しのものをタイプ別で5冊、軽く紹介しておきます。

 エッセイ

学生時代にやらなくてもいい20のこと

学生時代にやらなくてもいい20のこと

 

これは読んでます(でも持ってない)。とにかく何も考えずゲラゲラ笑いたい人に。

写実的でシリアスな小説のイメージが強い朝井リョウですが、エッセイはバカ面白いです。笑える、という点ではこれを上回るエッセイは読んだことがない。

笑いすぎて死ぬ。他人がいる場所で開こうものなら、たちまちに後悔する。

 

ライ麦畑で熱血ポンちゃん (文春文庫)
 

 熱ポンシリーズはかなり長く連載されているのでまだいっぱいあります。

超ゴキゲンなエッセイに、全体的に自分の小さな悩みなんかどうでもよくなる。

自分の欲求に忠実に、仕事はサボっておいしいもんを食べて好きな人と騒ぐ!海外にも行きまくって現地の人に溶け込んでハッスルする!ビバ自分!

最近離婚しちゃいましたが、結婚生活が長かった黒人でアメリカ軍隊の夫とのほんわかラブラブな日常とかも良い。

 

生き方

 これも読んでいます。今なにか上手くいっていなかったり、壁に当っている人に

誰が言っていたか忘れましたが(為末か?)、「諦める」という言葉の語源は「明らめる」。自分の得て不得手、どこまでできるのかを「明らかにして」取捨選択することです。

為末氏*1は元陸上選手として、現在はトレーナーやテレビ、執筆などいろいろなことをされていますが、アスリート出身者に珍しく努力ではなく生まれ持っての才能に注目して発信していっている人。

もし、努力しても上手くいかないなら一度読んでおくと心が軽くなるはず。

 

 

夜と霧 新版

夜と霧 新版

 

 アウシュビッツなど強制収容所を生き延びた精神科医である著者が、その経験から限界の状態下での人間の精神状態などについて書いた本。

いろいろな人から何度も、「本は読まないが、これだけは印象に強く残っている」「絶対に一度読むべき。人生についての考え方が変わる」など言われ続けています。

ものの見方や生き方について深く考えさせられる、強烈な読書体験ができるらしいです。

 

小説

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

 

 ブコメでおすすめされてまだ読んでないのですが、amazonのレビューの評価が抜群に良い小説。

「子どもに読ませたい名作」とか「子どもが大人になる過程を描き切った」とか、ハードボイルドの傑作と名高いこの作品。

間違いなさそう。

 

あと、リストにはなくて(というのももうこの前注文してしまって)ものすごく良かったのが、これ。

ケインとアベル (上) (新潮文庫)

ケインとアベル (上) (新潮文庫)

 
ケインとアベル 下 (新潮文庫 ア 5-4)

ケインとアベル 下 (新潮文庫 ア 5-4)

 

id:poremotoさんに以前勧めていただいたものです。

 

 1900年代~60年年代のアメリカで、波乱万丈な二人の男とその家族の生きざまを政治や経済とものすごく密に絡めて綴った一代記。

ポーランドに生まれ男爵家で育つも、ポーランド侵攻により捕虜や奴隷のような生活を経て渡米、一大で材を築きあげたアベル・ロスノフスキとエリート銀行マンの家に生まれ出世街道を駆けのぼるケイン。

 

それぞれがいろいろな人と出会い、別れ、ビジネス街道を駆けのぼり、恋愛をし、子どもが生まれ、戦争に生き、経済的な駆け引きを経てつながり・・・。

こういった小説で飽きずに(特に翻訳ものでは)これだけの長さを読めることはまずないのですが、もう1ページ目からこれは読めると確信、一日一冊の二日で一気に読み切ってしまいました。

 

一人の人間とともに、一つの時代を生きてきたような読後感でした。

本当に読む価値がある。この辺の経済や歴史もお勉強できます。

ジェフリー・アーチャー(著者)、すごすぎ。。。

 

あまりに面白かったので、続編?も注文しました。

ロスノフスキ家の娘 (上) (新潮文庫)

ロスノフスキ家の娘 (上) (新潮文庫)

 

 

 ●●● ●●● ●●● ●●●

 

読んでないもの含めて少し。

読書好きの方や、そうでなくてもなにか読むとっかかりを探している方、面白いものを探している方の一助になったら。

これは読んどけっていう本の情報もとても嬉しいです。

 

 

プレゼントもお待ちしていますよ♥

なんて。

*1:「何やってんだよ、タメ!」山本高広のモノマネで有名?

真面目系クズだった私をほぐしてくれたのは、山田詠美だった

 真面目系クズであった。

高校生の私はまごうことなき真面目系クズであった。

 

学歴至上主義の親に育てられたせいもあるけれど、私は高校を出るまで「いい大学に入るのが人生の全て」だと思いこんでいた。

その割に何一つ上手くできることもないし努力も嫌いなので、とりあえずがむしゃらに真面目に親・先生の言うことに従って媚びて、結果友達もいないコミュ力も皆無に成績も悪いで何一つできないクズ野郎であった。

昼休みはすることがないので図書室に直行である。

 

泥みたいな私の青春だったが、そこに影響を与え、自分を変えるきっかけになった本が山田詠美『ぼくは勉強ができない』だったと思う。

 

当時高校の社会をを担当していたなかなかファンキーな先生がいて、かなり本質とか面白さに重点を置いた授業をしている人だったのだけれど、その先生が授業中に勧めていたので読んでみた。

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

 

 一応センター試験の問題に出題された小説ではあるが、正直言って「これ教師が勧めるー?」みたいな内容である。

 

しかしね。ぼくは思うのだ。どんなに成績がよくて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しいような気がする。

これが主人公の言である。

主人公・秀美くんは成績が悪いし気に入らない教師にも逆らう。でもクラスの人気者でイケメンでモテて、しかもサッカー部だわ気の置けない男友達とワイワイやれるわその上バーで働いてる年上のおねえさん(超いい女)と付き合っている、リア充の権化である。

 当時の私とは全く真逆の人間だ。

 

かといって何も考えずヘラヘラしているわけではなく、むしろその逆で、本もよく読み常に自分の価値観でもってなぜ?と考えている。

だから、統率しようとルールを押し付け生徒を管理しようとする教師とぶつかったり、勉強する意味が見出せなかったりして学校という枠からはみ出してしまっている、そんな少年である。

 

裏表紙のあらすじには最初にこう書いてある。

ぼくは確かに成績が悪いよ。でも、勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいあると思うんだ

秀美節はいろいろあるのだけど、当時の私は特にここにかなり衝撃を受けてというか考え込んでしまった。

というのも「勉強より素敵で大切なこと」になんて思いを巡らせたことがなかったので。

 

そんなところを皮切りに、それまでの真面目ガチガチだった私の「常識」にガッツンガッツンひびを入れてくれたのである。

一例を挙げると、

  • クラスみんながカワイイカワイイ言う女子の普通っぽさを装った世間に媚びる感じがキモい

(地味ブスだったが誰から見ても愛らしく女性らしく可愛らしい人間にならないといけないと思っていたし、そういう娘たちを批判するなんてあってはいけないと思っていた)

(2chなどにどっぷり浸かっていた折、グサッときた)

  • クラスメイトの主人公にしてみればなんでもないことが理由の自殺をきっかけに、個人個人の価値観の違いがいかに大きいかについて

(ほとんどのことを自分基準の価値観で判断していた)

  • 「健全」って何?「まっすぐ・無駄がない」ことは正しいのか?

(清く正しく世間の敷くルートを辿る人生以外の選択肢を考えたことがなかった)

  • 押し付けられる世間の声、人の言うことを自分の価値観で判断すること

(親と先生の言うことはすべて正しく、齟齬がある場合は自分が悪いと思っていた。まず自分の価値観なんてものがなかった)

 

こうやって最後にここまで老成した普通の高校生とは違うような書き方をしておいて、

  • そうやって周囲を観察して「自分は違う」と思っている主人公の断罪

からの主人公が勉強することの意味を考えて自分なりに答えを出していく、という流れなのだけど、この最後で一度壊して成長→再構築の構成がさすがだと思う。

どんな人間でも、それまでの自分とか価値観がぶち壊されて落ち込んで悩んで、そこを乗り越えて新しい自分を作るという道を思春期ぐらいには通るものだと思うから*1

 

結局主人公も少ない人生経験でもって考えたり判断したりしているわけで、その「納得できなさ」「疑問を持ってそのうえでどう生産的に行動するか」みたいなところと折り合いをつけるのが大人になるとか、社会で生きていく、だったりする。

こんな主人公も、結局まだコドモだったってこと。

 

 

 今思うと、思春期に抱えがちな悩みや陥りがちな精神状態に対して斜め方向からアプローチしてくれる、高校生には本当に読むべき本だった気がしている。

それまでの短い人生で生きてきた一面的な価値観や思いこみにメスを入れてくれると思うし、自分の人生を考える上ではかなり軌道修正するきっかけになったから。

 

一番大きかったのは、繰り返し「あなたが親や世間から言われているそれって、あなたは本当に正しいと思っていて、それを好きなの?やりたいの?」と問いかけられるような内容だったことだろうか。

それって一般的にあまり学校で言ってくれる人がいないことだし、私にはそれまで誰もそういう風にいってくれる人がいなかった。そしてそれが後に大学というモラトリアム期間でじわじわ効いてきた気がするので、ある意味私の青春の一冊だ。

 

おかげさまで今はずいぶん柔軟になったと思うし、適当に力も抜けるし友達もいるし、なんならちょっと羽目を外したりもできるのだし。

 

 

それにしても、 あの先生はよくこれを生徒に勧めたものだと思う。

 基本的に山田詠美は「世間の常識・ルール」とか「押し付けられる普通」とかが嫌いなようだし、本書も世間の敷いたレールに従って生きることへの反骨精神みたいなものが溢れているので、一般的にはあえて教師が生徒に読ませたいものではないんじゃないかと思うから。

 

 

ちなみに、卒業後、私はその先生が教えていた科目を大学で専攻することにした。

 

ぼくは勉強ができない (文春文庫)

ぼくは勉強ができない (文春文庫)

 

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

*1:アイデンティティの拡散と新たな自我同一性の獲得ってやつでしょうか